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ビジョナリー経営で、現場の意識改革~介護生活向上のための時間創出~

年間4500万円の付加価値を創出 個別ケアで自立支援介護の実現も

介護分野でも「ビジョナリー経営(理念経営)」に取り組む企業が評価され、成長を果たしている。名古屋市の有料老人ホーム「(株)メグラス(旧 安心生活)」代表取締役の飛田拓哉氏は、おむつメーカー大手のユニ・チャーム メンリッケ(東京都港区、森田徹社長)の製品の導入をきっかけに組織作りに着手し、1年半で「人が育つ組織」への変革も実現した。「おむつの見直しで、組織改革までできた」と飛田氏は満足げ。両社トップにビジョナリー経営のもたらす効果を聞いた。


理念を組織が共有する効果

安心生活株式会社 代表取締役 飛田拓哉氏 ――安心生活のビジョナリー経営とは。

 飛田 私たちにとってのビジョンは、「経営の羅針盤」だと考えています。進むべき方向は「スタッフの自信と誇りとお金を倍にするということ」と考えており、これを10年後のビジョンとして宣言しています。
採用面接時から理念・ビジョンの説明をし、共感できるスタッフだけを採用していますし、理念・ビジョン共有のために何回も繰り返し伝えることが重要です。たとえば、スタッフに対して「ビジョンのどの部分の達成のための業務なのだ」ということを長文メールにして伝達したりもします。
トップの考え方だからということでなく、組織で取り組むべき業務であることが職員の中に徐々に根付き、我が事として広がっていきます。

ユニ・チャーム メンリッケ株式会社 森田徹氏 ――ユニ・チャーム メンリッケのビジョンとは。

 森田 当社の理念は2つあります。一つは事業に関するもので「誰でもいつでもどこでも、その方にとって最適な排泄ケアが受けられる社会をつくろう」というもの。
もう一つは企業(経営)理念で、自分たちがなりたい会社を「社会価値」「人間価値」「会社価値」として、きちんと定義していくことだと考えています。「社会価値」とは社会貢献の仕方について定義したもの。
一般に、差別化する方法は「他社より安くする」か「付加価値を高めていく」のいずれかで、当社は付加価値を高めることを重視すると考えたわけです。そこではお客様に「価値がある」と認めてもらうことが大切です。
そこで「人間価値」なのですが社員が育つことで、自分がしたいと思ったことが、実際にできるように会社が育つことを目指します。
そして「会社価値」とは、他社にはない価値を提供した結果として、企業としてきちんと増収増益を維持することです。
飛田 導入する側としても、単に「価格を下げる」ことではなく、それによる付加価値を提示してもらい、納得の上で導入したいですね。ユニ・チャーム メンリッケさんの場合はそれがありました。
森田 ありがとうございます。仕事には「やりたいこと」「やるべきこと」「やれること」があると考えていますが、相当実力がつかないと「やりたいこと」が「できること」にはなりません。だからこそ、会社とは人を育てる場だと考えますし、経営者は人が育つ組織作りに励まないといけないのだと思います。
会社の決めた「やるべきこと」が皆に共有できて、皆の納得する「正しい仕事」が繰り返される中で一層向上し、人も育つのだと思います。

――国を挙げて「人への投資」がキーワードになっています。人を育てるにはどうすべきでしょうか。

 森田 組織作りだと思います。というのは、良い人材がいても良い組織にはなるとは限らないが、良い組織では良い人材が必ず育つからです。率先して、良い組織づくりを急ぐ必要があります。
飛田 正直言いますと、はじめは経営的観点から「どれほど安くなるか」「介護生産性を高められるか」を期待しましたが、人が育つ組織変革に関しても、期待以上の成果が得られました。
森田 当社製品を導入いただいている事業者様に「テーナアドバイザー」を定期的に派遣し、排泄ケアの方法に留まらず、適切なケアによる業務負担軽減やコスト削減へのコンサルティングを行っています。
飛田 当事業所内でもユニ・チャームメンリッケ社のおむつ「テーナ」導入にあたってテーナリーダーという排泄ケアチームをまとめる役職を作りました。その取り組みの中で、問題を見つけ、対策し、解決する成功体験をすることで、常にケアや業務の質向上を意識する組織作りに激変させてくれたからです。
そこでは「今」だけではなく「将来」に向けて最適な排泄ケアとは何なのかを考えさせ、現場組織に見直しをかけるシステムになっていました。いわゆるPDCAサイクルです。途中から、私もスタッフもこれは排泄ケアだけでなく、ケア全般に求められるプロセスなんだと気づきます。若いスタッフであっても、そうした成功体験の積み重ねの中で、主体的に動く人材に劇的に変化します。
森田 PDCAを発展させて「PDSA」(プラン・ドゥ・スタディ・アドバンス)というのがあるそうですが、まさに安心生活さんでは、それに取り組んでおられるのだと感心いたしました。

――人材を正しく評価する仕組みも注目が高まっています。

 飛田 人事考課制度はあります。
そこでも排泄ケアを動かす中心であるテーナリーダーを務めれば、人事考課のポイントが満遍なく取得できるようになっています。
と言うのは、人事考課項目でいう「財務」は時間あたりの付加価値ですが、リーダーは売上経費、総労働時間の改善を目指して努めることになりますし、「顧客」に関して言えば排泄の快適性についてアセスメントすることになります。
また、「内部業務プロセス」で言えばPDCAプロセスのための書類作成をしますし、「リーダーシップ」についても組織を率いた経験そのものです、「人材育成」についてもスタッフに指導することがその貢献になります。
つまり両社のビジョナリー経営に共通する点が多くあることから、テーナチームを作って取り組むことは、当社の人事考課に直結するということです。
森田 以前、私は人事の仕事をしていたのですが、持論に「能力=役割=資格=評価=処遇」というものがあります。この5つを、この順に沿って一致させるのが、正しい人事ということです。


介護生産性向上と付加価値の創出

――介護人材不足の中で、即効性はありますか。

 飛田 喫緊の課題に対しての即効性という意味ではありません。ただ、確実性はあります。導入1年半ですが、我々の現場では3カ月目に目に見えて組織の変革が現れ、現在でも常に改善しているからです。
森田 真剣に取り組んでいただければ、多くの導入施設では1年で劇的な改善効果を実感していただけます。概ね6カ月までが業務改善的な取り組み、6カ月以降がテーナチームで個別ケアの検討をして向上をするプロセスに入ります。
飛田 でも、今が大変な現場リーダーは「今こそ組織変革を」とは言い出せません。そこでは中長期的な視点からの経営者の判断が求められます。

――「テーナ」導入による具体的効果は。

 飛田 テーナを導入して現場スタッフに一番喜ばれたのは夜勤で睡眠時間がとれることでした。
森田 スタッフが眠れる。これはご利用者もちゃんと夜間の睡眠が出来ているということです。夜間おむつ交換をすることは、ご利用者も起きてしまっているのです。
飛田 これまで、夜間のおむつ交換を最大4回していましたが、現在は最低1回です。スタッフが休める時間が生まれることで、次に何をするか考えることもでき、気持ちにゆとりを持ってケアをしてもらえます。
また、業務量を定量化し、少なくとも10%は生産性が上がりました。現在は7人配置のフロアで、1日あたり8時間の労働時間の削減効果がありました。これは全社で換算すれば年間4500万円の付加価値にあたります。生産性の向上と、組織変革が付いてきたと言うことです。
森田 おむつ業界は低価格化が進んでおり懸念を抱いています。行き過ぎた価格競争は、利用者サービスの低下に繋がりかねないからです。
安心生活さんのように、ビジョナリー経営によって、今求められる本当の意味での経費削減とサービスの質向上、そのための介護生産性の向上を、全職員と共有し、さらに、実現できるパートナーを全国に増やしていきたいです。
飛田 介護人材不足に対しても、国や経営層は「量」の確保を重視しすぎて「質」の向上に注力していないように思います。穴のあいたバケツに水を注ぐようなものです。私はまず「質」を上げてから、量を確保するべきだと考えます。経営層が現場職員を「作業要員」と見ているうちは難しく、「現場リーダー(候補)」と見做すことができるかということでもあります。

――介護人材の「質」を高めることが「量」より先ということですか。

 森田 私も質向上が先だと思います。では、質向上にはどうすれば良いかですが、それは業務の中での気付きの積み重ねが大事ということに尽きると思います。
最新のハーバード大の研究によれば、人の成長は自らの経験が7割、先輩や上司の指導2割、学習は1割だそうです。他者との関わりの中での経験学習の重要性が高いということです。
業務改善に取り組む組織に身を置くことで、自ずとそうした気付く力は養われます。

――自立支援介護や介護生産性向上の観点からの効果は。

 森田 業務負担軽減により、介護生産性向上とも直結すると思います。日本の生産性は、先進諸国中でワーストという結果です。その背景には、人が働いている時間がお金であるという考えが薄いからだと思います。
介護分野においては更に遅れているとされていますので、早急に取り組むべき課題です。
飛田 支え手となってくれる社員やスタッフへのより良い、働きやすい職場作りのために、ビジョナリー経営に取り組むことは、介護生産性向上の効果に直結すると思います。
森田 テーナを通じて個別ケアに取り組むことは、自立支援介護にも効果的と考えます。これまで当社が推進し、ビジョナリー経営の中で導入施設とともに進めるケアが、注目いただける機会になると期待しています。
飛田 そうした思い切った施設内改革をするのであれば、今回の法改正のタイミングは最適と言えるかもしれません。いよいよ窮してからでは、組織に改革する体力も意欲もなくなりますから。